紫藍色(チアノーゼ)の唇

「高橋、がんばれ!」と手術室の介助者がはげます。
息づまるような雰囲気の中で、次第に、脈拍が弱く、とぎれがちになった。
「脈拍(ブルス)ありません。」私が叫ぶ。
宇井軍医は、「水をのませろ!」と言った。
水呑みで、高橋一等兵の唇に水を注いだがすでに、紫藍色の唇は吸う力がなかった。
しばし、手術室は沈黙。
軍医がメスをおき、手術帽を脱ぎ、瞑目した。
みんなは頭を垂れた。
介助の看護婦の嗚(オ)えつの声が聞こえた。
河北、石門陸軍病院の夜は深く、またひとり、若もののいのちが失われた。
「鎮魂のうた」17-19p

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