死に打ちかつために

1949年、まだ戦争の傷跡が残る青森県八戸市でポリオの集団感染がおこります。ポリオに感染した子どもを連れた母親が、花田ミキさんが看護婦長を務める八戸赤十字病院に駆け込んできました。
その時の様子を花田ミキさんが自身の著書「巻きもどすフィルム」に書きのこしています。長文ですがご一読いただけると幸いです。最後の項目「死に打ちかつために」をここに紹介します。
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〇死に打ちかつために
この表をつくるために、県の担当に電話して、ポリオの発生状況を聞いたときに「ポリオって何ですか?」という返事が返ったとき、「無事平穏でよかった!」と思った。皮肉ではなく、いまわしい病気など地球上から消えて人が忘れるほどうれしいことはないからである。
県内には昭和三十八年に一名のポリオが発生したが、その後ゼロの年がつづいている。根絶!まさに根絶なのである。
本県だけではない、日本全国根絶なのである。ポリオにかかって肢体不自由児になるこどもがいない喜び。その半面、たったわずかのちがいで、ワクチンの恩恵にあづかれず、永く後遺症をもたなければならなかった多くの人たちに思いが及ぶ。
M子さんにもY子さんにも......。

根絶にいたる過程で、罹患、挫折した多くの子どもたち。素晴らしい現在をきづくための捨て石だったとは思いたくない。何百名という量で示されている数字は、それぞれの個の人生の集積なのである。
個の人生に、適切な福祉や医療の手が差しのべられているだろうか。
からだが変形した子どもたちを、親たちはふるさとに住まわせなかった。周囲の冷たい目を考えて遠方に出した。
全身に変形をもつが故に、多くのハンディに耐えているだろう人たちのそのころの幼な顔が浮んできて仕方がない。
ポリオは根絶したが、つぎつぎとチャレンジしなければならない新しい標的があらわれている。たとえば脳性小児マヒ、スモン、脳卒中、老人性痴呆、さてはエイズ・・・・。
「ヒューマニティなくして科学は死に打かてない」
スイスレマン湖のほとり、ジュネーブにあるWHOの一室に、ヴァチカン王国から贈られた壁画が飾られていた。それに添えられていたこのことばを思い出しながら、人のいのちにかかわる職能の人たちの奮闘を願うことしきりである。
(昭60・9・21)
巻きもどすフィルム 127-139p

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