帰る日はいつ

花咲くころ帰還のうわさもしきりなりいつしか花も散りて久しき
飢え迫る故国とは知らずまほろばのふるさと思い帰る日待ちき
山西省の山岳戦で、また、南方の平原から、負傷兵がつぎつぎと転送されてきた。
一方、輸送に耐えられる兵は、北京に、あるいは天津に護送した。
ギブス、副木、手術、出血、死、院庭での火葬などが毎日、くりかえされ、生と死のうねりは絶えることがなかった。
ふるさとをはなれて思う夢は、「いつ帰れるのだろうか?」宿舎での夜の会話に「帰還」ということが話されない日はなかった。
しかし、中国に広げられた戦争は、果てしなかった。
「ふるさとには、父母がいる。水がある、みどりがある。たべものがある。あたたかく迎えてくれる人たちがいる。」
故国をはなれて思うふるさと。
たべものも少なく闇買いに頼って暮らしていた、故国の苦しい現実を知らず、私たちは帰る日のみを待ち焦がれていた。

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