りんご前線 — Hirosaki Encounters

弘前レンガ倉庫美術館の企画展「りんご前線 — Hirosaki Encounters」の佐野ぬいさんの展示スペースに書かれていた敗戦直後の話。
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(戦争中は)灯火管制っていうのがあって、夜は真下しか見れないんですよね、光が。
敗戦になってそういうものは要らない、って取った時に、
空は青く、りんごは赤く、雪は白くっていう
そういう色彩がバーッと目に入ってきたんですね。
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花田ミキさんも「燈火管制」の後、灯った火について書いています。
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八月十五日、敗戦の報におどろいたが、五戸町に病院を疎開させるとの指示で準備を始めた。
そのとき、院長から、万が一のときは「これを!」と渡されたのは、青酸カリの小ビンであった。看護婦全員の自決用であった。
夕方、学生たちと一緒に長者山の草原に円陣をくんでみんなで声をあげて泣いた。
大泣きに泣いたあと、フト、眼を射たのは町のひとつの灯火であった。戦争中はきびしい燈火管制のためにみられなかった灯火であった。
ホッとともったのは、胸の希望であった。
「いくさが負けても私たちの仕事は大切だから、しっかり勉強して、資格をとろうね」と学生の肩をたたいたのは、目にした灯火
のおかげでなかったか。
花田ミキ著『燠なお消えず』59p
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敗戦のあと、色を戻していく。そんな青森の色の写真と一緒にご覧ください。