故郷も寒くなりましたことゝ存じます

故郷も寒くなりましたことゝ存じます、すつかり御無沙太許り申し上げて居りました、皆様相変らずお元気のことゝ思ひます、私達一同も元気で服務して居ります故御休心下さい、及ばずながら一致和協、足らざるを鉄石の団結で補ひつゝ必ず御期待に副ふつもりで御座います、先日始めての勤務を致して参りました、一同船暈のことは聞いた許りでは信じられなかつたらしいですが実地に体験し心底から判つたらしいのです、冬の海は荒れるもの、まして今回は帰りの玄海灘附近で低気圧襲来で珍しい雷雨に遭ひ、船は木の葉の如く動揺する、前甲板は浪にたゝかれ、看護婦は張られたロープを伝はつて病室に往来する様な有様で、二日も三日も食事せず、吐き通して勤務する人が多く、始めてではあり、可哀相でしたが、吐いてもいゝから坐つててもいゝから病室に居よと、無理を申しました

洗面器を抱へて苦しみつつ働く看護婦の姿をみると涙がにじんで来ました、最初故吃驚したらしいですが、士気は毫も屈することなく前途の困難怒濤を乗切つて行かうと云ひ合つて居ります、船暈は真実苦しく、陸上生活では想像だに出来ず、血を吐いた人さへ四、五人ありました、船に乗つて苦しんで居る者は私達のみぢやない、日本人、全部が今船に乗つてゐのです〔ゐるのです〕この間遭難演習をやりました、細い縄梯子をつたつて舷側から海上に降下する訓練など、平素は膝がガクヾヽするやうな危いことを皆んな平気でやつてゐます、先づは近況第一報まで 
花田ミキ
1941年12月6日 (出典)『東奥日報』 東奥日報社発行
戦場に向かう病院船に乗っていた花田ミキさんが冬の故郷に出した手紙。
冬の故郷を思いながら、南国に向かう船の中で船酔いと戦いながらしたためたものです。
雪が降り続くいま、読んでほしい文章です。

f:id:hanada_miki:20220104095649j:plain