つらい船酔い

船酔いに吐きつづけたる看護婦は受器をもちて夜勤に立ちき
ふるさとに幼なのこせし看護婦を救命艇の付添いとしき
船酔いの苦しさは経験者でないとわからないのではないだろうか。ことに小さな貸客船などのゆれはひどい。
患者がいると、寝てはいられない。吐物の受器を持って、よろよろと病舎に向かった。胃がひっくりかえるように吐くときもあった。しみじみと「孫子の代まで船にはのせまい」と言った人もいた。
少しの水ばかり飲んでいるので栄養も悪くなった。まず、歯がガタガタになった。上陸時には、みんな歯の治療に急いだ。
食べないと勤務ができないと、バナナを食べた。不思議に落ち着いた。幸い台湾に寄港したからバナナをかごで求め、つるして熟した順にもいで食べた。今でもバナナを食べるときは思い出す。「いのちの恩人」と。
どんなに海が荒れてもびくともせず立ち働き、欠食者には、おにぎりを配ったりする猛者(モサ)がいた。馬は船酔いをしないというので、ひそかに「馬女」と呼ばれた看護婦もいた。
「鎮魂のうた」65p

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