夜の銃声

深夜勤の病舎を指せば聞えきし夜の河北の遠き銃声
病舎から、やや離れて看護婦宿舎があった。
白いシックイ塗りの数棟の建物であった。
聞けば、中国の小学校の校舎を占領して充てていたのだという。
「子供たちは、どこへいってしまったのだろう」と心が痛んだ。
宿舎は、室の両側に、急造の板の間がつくられていた。そこに、毛布をしいて、各自の寝場所としていた。
室の中央には、石炭をたくダルマストーブがあった。
宿舎とはいうものの、いつも夜勤者が帰ってきて、眠っているものだから、静かにしなければならなかった。
何の娯楽もない、故郷から、時々届く便りが何よりのたのしみであった。
となりは、兵舎であった。
毎晩のように古兵が、下級兵を、革のスリッパでビンタを加える様子が伝わってきた。
ひる、看護婦にかばわれた兵もなぐられるというので、私たちは何も言うことができなかった。
上級者が下級者に体罰を加える悪しき慣例は、当時の軍隊の体質でもあった。
夕食をとると、夜勤者が勤務に出た。
楊柳にかかる月を見上げながら、暗い小道を急ぐと、遠く銃声が聞こえてきた。
「鎮魂のうた」26p

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