「少年兵の声」鎮魂のうた

太ももを鱶に啖(ク)われし少年兵の母呼ぶ声が今によみがえる「おかあさぁん、鱶がきたぁ」と日夜叫んでいた少年兵、背にはチャックのように大きく深い鱶の咬傷がついていた。神経症扱いであった。少年まで戦線に立てたあの戦争。志願兵であったとはいえ志…

水漬(ミヅ)く屍(カバネ)

身に巻きて海にただようそなえする細引きなわを父にたのみき ある日父は水漬く屍と覚悟せんければならぬかと書きてよこせし 早暁に神もうでせしと社(ヤシロ)の名数多(アマタ)並べし父のふみ来し昭和十七年(一九四二)ごろから輸送船が次々に撃沈され、…

最終目標の1000万円を目指します

第一目標の500万円、達成しましたここまで連れてきてくれて、ありがとうございます!本当に、本当に、感謝しかありません。残り23日、最終目標の1000万円を目指しますhttps://readyfor.jp/projects/hanadamiki第一目標の500万円はご支援は映画制作のための費…

映画を通して世に広まることの意義を共有したい 川嶋みどりさん

黙しおれば消えゆくものを 胸底の燠(おき)なお消えずいくさ詠みつぐ 花田ミキあの大戦で3回も召集された花田ミキさん。彼女の凜々しく雄々しい生き方は、戦後、故郷に生還した後の青森での衛生行政面での手腕からも読み取れます。しかも、折りに触れて語ら…

監督の五十嵐匠より皆さまへ

映画「じょっぱりー看護の人花田ミキ」五十嵐匠監督のメッセージです。医療関係者にエールを送りたい、自分の命を助けてくれた花田ミキさんに恩返しをしたい―そんな思いで映画制作を決意されました。映画へのご協力、ご協賛をお願いいたします。クラウドファ…

クラウドファンディングの挑戦もあと26日。

ここ数日多くのみなさまからご支援が届いてます。いま4,625,000円。第一目標の500万円まで37万5000円というところまで来ました。ここまで連れてきていただきありがとうございます。1000万まで目指します! readyfor.jp

「非常準備~日米開戦の日に~」鎮魂のうた

「婦長室の記録」に書かれていたものが病院船が襲撃され、患者もろとも看護師が海に投げ出されたとき寄ってくるサメをどうするかという議論の記録である。 【非常準備~日米開戦の日に~】 長きものひらめかしつつただよえばフカ来ぬといい布ととのえき 海は…

\オンラインイベント/

【2023年2月17日(金)20:00-21:30】「教育学」を超える「学習学」の提唱者である本間正人先生が主催する「調和塾」でお話をさせていただきます。以下告知分です!当日Facebookのイベントページに、Zoomのリンクがはられるそうですので、そこからご参加くだ…

折り返し地点に思う「ご恩やご縁が紡がれ一本の映画になる」

※長文ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。 1月16日から60日間の予定でスタートした映画「じょっぱりー看護の人花田ミキ」のクラウドファンディングも残すところ30日となりました。 今日が、折り返し地点です。 いま現在267人の皆さまから412万円の…

Ⅲ第二次世界大戦と私

―生と死の海で―《昭和十六年(一九四一)》第三回目の召集は、昭和十六年(一九四一)九月に受けた。一回目、二回目の召集は「勇躍」して出たのだが、三回目は「これは敗ける戦争かも…」という暗い予感があった。それは、二年間、中国河北省石門に勤務して「…

人々がより健康に暮らす支援をしていく へき地保健師協会さん

花田ミキさんの活動は、1人の子どもを助けるという個別支援から、地域にポリオの予防法を普及するという地域全体への支援など多岐にわたります。現在の保健師活動も同様に個別支援を積み重ねながら地域全体にアプローチし、時代や地域に合わせて、人々がより…

死に打ちかつために

1949年、まだ戦争の傷跡が残る青森県八戸市でポリオの集団感染がおこります。ポリオに感染した子どもを連れた母親が、花田ミキさんが看護婦長を務める八戸赤十字病院に駆け込んできました。その時の様子を花田ミキさんが自身の著書「巻きもどすフィルム」に…

トルオン・ティ・トゥイ・チャンさんのインタビュー

本日の読売新聞朝刊の「あれから」にベトナム難民のトルオン・ティ・トゥイ・チャンさんのインタビューが掲載されています。チャンさん高校生のときは五十嵐匠監督の「ナンミン・ロード」に出演しました。その時の想いが書かれています。 「ナンミン・ロード…

チラシ

札幌市中央図書館さんが「一番手に取られる場所」にチラシを置いてくれました!ありがとうございます https://readyfor.jp/projects/hanadamiki

ウェンディ・ウォリントンさんのインタビュー

2022年2月24日に開始されたロシアのウクライナへの軍事侵攻から、約一年が経とうとしています。 ウクライナで看護師・助産師として活動をしているウェンディ・ウォリントンさんのインタビューを見つけました。 英語を日本語に翻訳しましたのでぜひご一読くだ…

華北の病兵たち

一、マラリア マラリアの発作(ホッサ)はげしき病兵をおさえるほかにすべきはなかりき 北支、石門陸軍病院には、マラリア患者のみを収容したマラリア病棟があった。二日ごと、三日ごとに発作をおこす、二日熱タイプ、三日熱タイプがあり、毎日発作をおこす…

武漢に転身

河北(カホク)より武漢(ブカン)に転じし埼玉班帰る日ともにまちかねいしを石門の病院には、日赤の栃木斑や埼玉斑が勤務していた。その友人たちにあえば、いつも「帰還の情報は?」とたずねた。ある日、突然、埼玉斑に、南方の、武漢(南支の武昌・漢口)…

帰る日はいつ

花咲くころ帰還のうわさもしきりなりいつしか花も散りて久しき 飢え迫る故国とは知らずまほろばのふるさと思い帰る日待ちき 山西省の山岳戦で、また、南方の平原から、負傷兵がつぎつぎと転送されてきた。 一方、輸送に耐えられる兵は、北京に、あるいは天津…

クラウドファンディングのリターン

今回のクラウドファンディングではリターンに特別バージョンの映画の予告編をお届けするメニューを用意しています! 五十嵐匠監督の作品「島守の塔」と「二宮金次郎」の予告編をご参考までにぜひご覧ください!YouTubeのリンクを掲載しています! readyfor.jp

男女別勤務

「号令をかけて衛生兵どのは便器をとる」と傷兵はこぼしき 当時の石門病院では救護班の看護婦と軍の衛生兵が病棟ごとに混合編成で勤務していた。 あるとき、衛生兵からこんな声があった。「故郷を出るときは『名誉の出征』と日章旗とバンザイにおくられてき…

ペンチを腰に

針金の副木切るとペンチ提げ外科の病舎をめぐりしかの日 腕折れし兵に副木そえやりて「重爆(ジュウバク)さん」と呼びし夏の日 重症の傷兵次ぎし病棟に上肢副木(ジョウシフクボク)の兵ら援けくれし 整形外科医はいない、理学療法士は大戦後の職業なのでも…

青森県立弘前中央高校のみなさま

弘前市のcaféDOで、お茶会をしていた青森県立弘前中央高校のみなさまがチラシをもらってくれましたーデリバー境さん、ありがとうございます! 弘前中央高校卒の鎌倉より

花田ミキ先生の教え子の一人として 大鰐恭子さん

教え子の一人として花田先生にまつわる思い出をつづります。 看護史を習いました。「命を阻むものはすべて悪!」と語る声は、穏やかではあるものの厳しさが感じられ、言葉に深い重みがありました。 花田先生が情熱を傾けた、命を守る施策「派遣保健婦制度」…

チラシ設置

東京都世田谷区にある雑誌の図書館「大宅壮一文庫」さんがクラウドファンディングのチラシを設置してくれました!ありがとうございます

死線をくぐったものたち

傷兵ら病舎のベットをもやしつつ河北の遠き春待ちかねし トーチカの扉をもやせしは誰 森閑とせしのみなりし朝の病室 手当たり次第に、木製品をこわしてもやした傷兵たち。廊下のナガシも裸にされてしまった。 ついには、病院のただひとつの抵抗施設である、…

もとをただせば

花田ミキさんは、青森県看護協会の初代会長です。 青森県の看護の礎を築いた大先輩です。 76年前に発足した青森県看護協会のおかげで、今の私たちがあります。 そのことを忘れたらいけないと思います。 ファーストペンギンという言葉をご存知の方も多いと思…

真冬日は続く

苦力(クーリー)の綿入れ服をうらやみし北支の病舎に真冬日つづきし 中国の河北省地方は綿花の栽培地なので、さすが麺化や綿布は豊かであった。病院で働く「クーリー」は綿がたっぷり入った服を着ていた。 一方、石門の病院の入院患者は白い袴下(コシタ)…

夜の銃声

深夜勤の病舎を指せば聞えきし夜の河北の遠き銃声 病舎から、やや離れて看護婦宿舎があった。 白いシックイ塗りの数棟の建物であった。 聞けば、中国の小学校の校舎を占領して充てていたのだという。 「子供たちは、どこへいってしまったのだろう」と心が痛…

セリフの英訳をしました

いま台本作りが進んでいます。 今回、五十嵐監督が脚本を担当します。五十嵐さんの映画は監督が脚本を担当するケースが多いんですよね。 さて今回の映画「じょっぱりー看護の人花田ミキ」は花田ミキが連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の公衆衛生福祉局の看…

キセキのセブンイレブン

キセキのセブンイレブン この写真を送った10秒後に、五十嵐監督から「何が起こったんだ」の電話が入りました セブンイレブン武蔵小金井本町2丁目店 セブンイレブン武蔵小金井駅東店 です!大坪さん、ありがとうございます!